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2016年
04月28日

川崎市市民ミュージアムの「トーマス転炉」が語る、川崎の鉄鋼産業史

【Reporter:はつしも】

等々力緑地の市民ミュージアムの前に、巨大な鉄の塊があります。
本日はこの「トーマス転炉」をご紹介したいと思います。

■市民ミュージアム前の「トーマス転炉」
市民ミュージアム前の「トーマス転炉」



「トーマス転炉」は、日本の鉄鋼産業の発展に寄与した産業遺産です。
リンを含む鉄鉱石の利用を目的とした製鋼炉として英国のシドニー・G・トーマス氏が発明し、同氏の名前が付けられました。

鋼はリンを含むと強度が損なわれるため、従来はリンを含んだ鉄鉱石を原料に使うことができませんでした。
トーマス転炉はこれらの不純物を製造工程の中で除去することで克服したもので、当時画期的な発明でした。

日本においては1937年に日本鋼管(現・JFEエンジニアリング)が導入し、1938年から1957年まで川崎市川崎区の京浜製鉄所において稼働していました。
当時の日本では鉄鋼の国産化が求められており、日本鋼管はこのトーマス転炉を国内で唯一導入したことにより、民間で最初に銑鉄一貫体制を実現しました。

川崎市市民ミュージアム前のトーマス転炉は日本鋼管から寄贈されたもので、外径は4.2m、高さは約7.6m、重量は約60トンというスケールです。

■「トーマス転炉」稼働当時の記録
「トーマス転炉」稼働当時の記録

■「トーマス転炉」稼働当時の記録
「トーマス転炉」稼働当時の記録

トーマス転炉の前には、稼働していた当時の写真などの記録が残されています。

写真を見ると、トーマス転炉を傾けて溶鋼を取鍋へ注ぎ込んでいる工程が確認できます。
「転炉」という名称は、このように炉を回転させることに由来していまして、回転させるための巨大な歯車が胴体中央に突起してしているのが特徴的です。

そのダイナミックな姿に、日本の高度経済成長を支えた鉄鋼業の重厚さを感じることができます。

■トーマス転炉と武蔵小杉の高層ビル群
トーマス転炉と武蔵小杉の高層ビル群

市民ミュージアム前から武蔵小杉方面を見ますと、トーマス転炉と駅周辺の高層ビル群が並んで見えます。

日本の産業遺産と新しい街の姿の対比に、時代の変化を感じますね。

■トーマス転炉の小型模型(市民ミュージアム内)
トーマス転炉の小型模型

なお、巨大すぎて全体がよく見えない…という方は、市民ミュージアム1階に小型の模型がありますので、こちらをご覧ください。
質感などもよく再現されています。

■トーマス転炉のペン立て
トーマス転炉のペン立て

さらに、市民ミュージアム内のアンケート記入場所には、トーマス転炉のペン立てがありました。
これはかつてミュージアムショップで販売されていたのですが、現在はショップが廃止されてしまいました。

そのため現在は入手が困難となっています。

■マンションにかわるJFEスチールの元住吉社宅
北側「JFEビラージュもとすみ」

近年はIT産業やサービス産業が台頭し、重工業を中心とした京浜工業地帯の製造品出荷額も最盛期ほどの勢いはなくなってきました。
しかしながら、鉄鋼業がいまだ日本の重要な産業であること確かで、川崎区の臨海部ではJFEの製鉄所が現在も稼働しています。

京浜工業地帯の一端を担う川崎市に住まう身として、トーマス転炉を眺めつつ、これまでの日本の産業史について振り返ってみました。

【関連リンク】
川崎市ウェブサイト 観光情報 産業遺産 トーマス転炉
JFEホールディングス ウェブサイト
2015/8/3エントリ 武蔵小杉周辺で、変わりゆく社宅をめぐる。「横浜ゴム小杉寮」建替え、「JFE」大規模社宅2棟を積水ハウスのマンションに転換

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