JR向河原駅近くに残る、貨物線の歴史。「市ノ坪短絡線」廃線跡で橋台の遺構を新たに確認
【Reporter:はつしも】
南武線向河原駅付近からかつて分岐していた貨物線「市ノ坪短絡線」の跡地について、2016年にご紹介しました。
「市ノ坪短絡線」の跡地は現在緑道になっており、いくつかの遺構を見ることができますが、当時南武線近くは近づくことができませんでした。
それが2019年、この短絡線跡地が歩行者・自転車専用通路として整備されたことによって、当時見られなかった遺構を確認できるようになっていましたので、今回ご紹介したいと思います。
■市ノ坪短絡線のマップ
南武線はかつては私鉄の「南武鉄道」であり、多摩川の砂利を運ぶなど貨物列車として活用されていました。
当時、国鉄・私鉄間の貨物列車直通はできなかったため、向河原駅に貨物受け渡しの設備が作られ、JRの貨物路線と接続するために、上記マップのような短絡線が1929年9月11日に作られました。
1944年に南武鉄道が国有化されてからもこの短絡線は使用されていましたが、貨物専用の武蔵野南線(地下の貨物線)が整備されたことによりその役目を終え、1973年10月1日に廃止となりました。
現在はその跡地の大部分が緑道として残され、さらに南武線近くの部分が前述の歩行者・自転車専用通路として2019年に整備されました。
■廃線跡地の緑道
■枕木で作られた緑道の柵
■廃線跡と思われる遺構
■地面に埋め込まれたレール
■鉄道境界標
■「老人いこいの家」前の両面橋台
これらの遺構は、2016年のエントリでご紹介しておりました。
その中でもっとも向河原駅に近かったのが、「中丸子老人いこいの家」前の市ノ坪短絡線の「両面橋台」です。
この上に、かつて貨物線の線路が敷設されていました。
■整備された通路と新たに確認できた橋台
そしてこちらが、新たに確認できるようになった橋台です。
市ノ坪短絡線のうち向河原駅近くの区間が、新たに向河原駅前踏切の迂回路として整備されたことによって、目の前を歩けるようになりました。
2019年に整備されたときには全く気が付かなかったのですが、最近になってここにも市ノ坪短絡線の橋台の一部が残されていることに気が付きました。
短絡線跡地がずっと遊休地のままだったことで、これまで撤去されることもなく残されてきたのでしょう。
通行する機会がありましたら、道端の遺構にも目を向けてみてください。
■短絡線跡地そばを通る南武線
【関連リンク】
・川崎市報道発表資料 【JR南武線】向河原駅前踏切の迂回路利用に関するお知らせ。
・2010/10/11エントリ 向河原駅のNEC専用改札口
・2011/2/23エントリ 南武線快速電車運行開始ポスターと、踏切横断注意
・2011/8/3エントリ 御幸踏切の馬頭観音
・2011/8/9エントリ 向河原駅前踏切を2倍近く拡幅へ
・2010/10/12エントリ 開かずの御幸踏切と、隣接の歩道橋
・2012/3/8エントリ 開かずの「御幸踏切」の歩道橋改修
・2014/7/20エントリ JR南武線向河原駅前の踏切拡幅工事が完了し供用開始
・2015/12/2エントリ 戦火に消えた、南武線の駅。玉川中学校・橘高校前の「武蔵中丸子駅」跡地探訪
・2016/4/25エントリ JR向河原駅から延びる、歴史の遺構。「市ノ坪短絡線」廃線跡の緑道を巡る
・2018/10/16エントリ JR東日本向河原変電所から、NEC玉川事業場まで続く「送電鉄塔中原線」をめぐる
・2018/11/17エントリ 武蔵小杉再開発地区から下沼部小への通学路で安全向上取組中。踏切拡張に続き歩道にグリーンベルト設置、同小PTAが見守り活動を継続
・2019/6/17エントリ 向河原駅前の「開かずの踏切」迂回路を整備、歩行者・自転車専用で2019年6月30日(日)17時に供用開始決定
・2019/6/30エントリ 向河原駅前の「開かずの踏切」迂回路が歩行者・自転車専用で本日供用開始、アンダーパス側から地域住民や玉川中生徒らが通行
南武線向河原駅付近からかつて分岐していた貨物線「市ノ坪短絡線」の跡地について、2016年にご紹介しました。
「市ノ坪短絡線」の跡地は現在緑道になっており、いくつかの遺構を見ることができますが、当時南武線近くは近づくことができませんでした。
それが2019年、この短絡線跡地が歩行者・自転車専用通路として整備されたことによって、当時見られなかった遺構を確認できるようになっていましたので、今回ご紹介したいと思います。
■市ノ坪短絡線のマップ
南武線はかつては私鉄の「南武鉄道」であり、多摩川の砂利を運ぶなど貨物列車として活用されていました。
当時、国鉄・私鉄間の貨物列車直通はできなかったため、向河原駅に貨物受け渡しの設備が作られ、JRの貨物路線と接続するために、上記マップのような短絡線が1929年9月11日に作られました。
1944年に南武鉄道が国有化されてからもこの短絡線は使用されていましたが、貨物専用の武蔵野南線(地下の貨物線)が整備されたことによりその役目を終え、1973年10月1日に廃止となりました。
現在はその跡地の大部分が緑道として残され、さらに南武線近くの部分が前述の歩行者・自転車専用通路として2019年に整備されました。
■廃線跡地の緑道
■枕木で作られた緑道の柵
■廃線跡と思われる遺構
■地面に埋め込まれたレール
■鉄道境界標
■「老人いこいの家」前の両面橋台
これらの遺構は、2016年のエントリでご紹介しておりました。
その中でもっとも向河原駅に近かったのが、「中丸子老人いこいの家」前の市ノ坪短絡線の「両面橋台」です。
この上に、かつて貨物線の線路が敷設されていました。
■整備された通路と新たに確認できた橋台
そしてこちらが、新たに確認できるようになった橋台です。
市ノ坪短絡線のうち向河原駅近くの区間が、新たに向河原駅前踏切の迂回路として整備されたことによって、目の前を歩けるようになりました。
2019年に整備されたときには全く気が付かなかったのですが、最近になってここにも市ノ坪短絡線の橋台の一部が残されていることに気が付きました。
短絡線跡地がずっと遊休地のままだったことで、これまで撤去されることもなく残されてきたのでしょう。
通行する機会がありましたら、道端の遺構にも目を向けてみてください。
■短絡線跡地そばを通る南武線
【関連リンク】
・川崎市報道発表資料 【JR南武線】向河原駅前踏切の迂回路利用に関するお知らせ。
・2010/10/11エントリ 向河原駅のNEC専用改札口
・2011/2/23エントリ 南武線快速電車運行開始ポスターと、踏切横断注意
・2011/8/3エントリ 御幸踏切の馬頭観音
・2011/8/9エントリ 向河原駅前踏切を2倍近く拡幅へ
・2010/10/12エントリ 開かずの御幸踏切と、隣接の歩道橋
・2012/3/8エントリ 開かずの「御幸踏切」の歩道橋改修
・2014/7/20エントリ JR南武線向河原駅前の踏切拡幅工事が完了し供用開始
・2015/12/2エントリ 戦火に消えた、南武線の駅。玉川中学校・橘高校前の「武蔵中丸子駅」跡地探訪
・2016/4/25エントリ JR向河原駅から延びる、歴史の遺構。「市ノ坪短絡線」廃線跡の緑道を巡る
・2018/10/16エントリ JR東日本向河原変電所から、NEC玉川事業場まで続く「送電鉄塔中原線」をめぐる
・2018/11/17エントリ 武蔵小杉再開発地区から下沼部小への通学路で安全向上取組中。踏切拡張に続き歩道にグリーンベルト設置、同小PTAが見守り活動を継続
・2019/6/17エントリ 向河原駅前の「開かずの踏切」迂回路を整備、歩行者・自転車専用で2019年6月30日(日)17時に供用開始決定
・2019/6/30エントリ 向河原駅前の「開かずの踏切」迂回路が歩行者・自転車専用で本日供用開始、アンダーパス側から地域住民や玉川中生徒らが通行