(古賀紗理那さん)
緊張してます。本日はお忙しい中、引退記者会見にお集まりいただき、本当にありがとうございます。
2024年8月3日のパリオリンピックの試合をもちまして、9年間のプロバレーボール選手としてのキャリアを終える決断をいたしました。
--今の心境は。
本当に東京オリンピックが終わって、パリで主将をやると決めた時から、パリオリンピックで選手から引退するというのを決意して、ここまで練習・試合をしてきました。
--パリオリンピックを振り返ってどうか。
私たちの目標であるメダルには手が届かなかったんですけど、そこは本当に悔しかったんですけど、やっぱりチームとして、戦うためにずっと練習をしてきて、それで積み上げてきたものは少しも消えないなと私は思っているので、私含めてみんな本当に頑張った大会だったなと思っています。
--幼少期からのバレーボール人生への思い入れは。
本当に小さいころから家族の支えもあって、たくさんの方に指導していただきながらプレーしてこれたというのが私は本当に感謝していますし、特に本当に家族にはたくさん支えていただいたので、そこはとても感謝しています。
--引退後・五輪後に声はかけたか。
本当に東京オリンピックが終わってから、「パリで最後にするね」というのは家族には最初から伝えていて、本当に最後というのがわかっていたので、家族もパリのほうに来ていただいて、最後、ケニア戦後に写真を撮れたので、それもとてもいい思い出です。
--今後については。
本当に今後のことについてはまったくの未定なんですけど、本当に少しでも、これまでやってきたバレーボールに携わっていけたらいいなと思っています。

--引退を早くから決めていた理由は。
私自身がいつまでやるかわからない状況でプレイするよりも、ここまで走りきるって決めて、プレイしたいというのが一番強くあって。
本当は東京オリンピックが終了したあたりから、気持ちもちょっと終了してたというか、このメンタルで日本代表の方には行けないなっていう気持ちもすごいあったので、そこでちょっと自分の中で葛藤もして。
でもキャプテンをやると決めてから、パリまで絶対先頭に立って引っ張っていきたいという気持ちにまたなったので、そこまで、パリオリンピックまでは全力で走り続けようっていう気持ちでずっとやっていました。
--3年間を振り返ってどうか。
日本代表の時はキャプテンをしていたんですけど、所属チームの時はキャプテンとか副キャプテンとかそういうのも全く何もせずに、私自身が成長することだけにフォーカスしてずっと過ごせたので、本当に自分も成長しているなっていうのをすごい感じれましたし、私自身が私自身の成長を楽しんで過ごせた3年間だったなと思っています。
日本代表のほうでは、正直キャプテンとしてっていうのを自分の中で勝手に背負い込んでしまって、気持ち的にたいへんな部分もたくさんあったんですけど、やっぱりこう、話を聞いてくれる仲間だったり、所属チームのみんなだったり、本当にたくさんの方に支えられて3年間なんとかやってこれたかなと思っています。
--一番心に残っていることや試合は。
日本代表の試合でいったら、今年のネーションズリーグで、まずはパリオリンピックの出場権をとらないといけないっていうところで、本当にこうプレッシャーの中、試合をしていました。で、そこからパリオリンピックの出場権をとってから、タイでファイナルラウンドが行われたんですけど、そこで準決勝でしっかり今まで勝てなかったブラジルに勝てて、私個人としては初めて国際大会でメダルを獲得できたので、それが一番私的には一番印象に残っていることかなと思っています。
--Vリーグ記憶に残る試合は。
私すぐ、昔のことを忘れちゃうので最近のことしか覚えていないんですけど、昨シーズン日本一をとったファイナルの試合が一番印象に残っています。私たちそんな、ずっと強かったわけじゃなくて、苦しい試合ももちろんありましたけど、負けから学ぶこともたくさんあったシーズンで、負けたことでこうチームがまたひとつになれたというのをすごい実感したシーズンだったなと思うので、ファイナルの試合って言いましたけど、去年のシーズンは一番こう私個人もそうですし、チームもすごい成長できたシーズンだったんじゃないかなと私は思っています。
--日本代表とはどんな場所か。
正直日本代表はとてもきつかったです。やっぱり海外を転々としますし、日本代表として戦うというのは責任のある立場でもあるので、すごい大変だったんですけど、日本のファンの方はもちろん海外の方も日本チームにたくさんご声援を送ってくださって、まったくホームじゃないのに、ホームかのような雰囲気も試合中作ってくださっていたので、そこはとても感謝しています。
--今後のバレーボールとの付き合い方、チャレンジは。
本当に今後については全く考えていませんけど、少しでも自分ができることがあれば何かいままでずっとお世話になったバレーボールに還元できればいいなと強く思っています。
--引退の実感は。
そうですね、まだそんなめちゃくちゃ実感があるわけではないですけど、パリオリンピックが終わって帰国してからずっとゆっくりしているので、実感はこれから出てくるのかなと思うんですけど、まあ、本当に日本代表も所属チームも試合はすごい全力で応援したいなと思っています。

--バレーボールとはどんな存在か。
やっぱり一つの自分の課題があって、その課題を克服するために練習して、それが克服されて、一つ成長したと思っても、また次の新しい課題が出てきて、本当に一生課題があるというか、次から次に、やっと自分はここまでできるようになったと思っても、またさらに新しい課題をくれる、私にとっては成長するために必要だった、大切なものだなと思っています。
--日本代表のキャプテンを受けた思いは。
東京オリンピックで初戦でけがをしてしまって、本当に自分のなかでは、ずっと賭けてきた東京オリンピックだったので、気持ちも本当に落ちてしまっていたんですけど、それでもやっぱり東京オリンピック、日本代表として戦う自分にとって、まだまだ全然やり残したことがあるんじゃないかなというのはずっと心の中にあって、それで自分の気持ちが終わったからもう日本代表には行きません、は自分の中でも全然納得しないなと思いましたし、後悔するなって自分ですごい感じたので、絶対この悔しさをまた晴らせるようにまたパリオリンピックに出場するという強い気持ちでやろうと、決意しました。
--決断は間違っていなかったか。
3年間本当に大変なこともありましたけど、自分自身もすごい成長したなと感じているので、本当に続けてよかったなと思っています。
--9年間の選手生活はどうだったか。
大変なこともたくさんありましたけど、私はずっと日本代表に呼んでいただいていて、本当に成長する部分、本当に大変な部分もありましたし、悔しい部分も惨めな思いをした部分もたくさんあったんですけど、それでもやっぱり自分の人としての成長、プレーもそうですけど人としての成長もできた9年間だったんじゃないかなと思っています。
--今後の夢は。
本当に今後のことは全然未定なんですけど、あのー、夫のお世話を頑張りたいなと思っています(笑)
--4年後のロス五輪を目指す後輩たちにメッセージを。
本当にたいへんだと思いますし、他国も本当に強くなってきている中で出場権をとるのも大変だと思うんですけど、ぜひ頑張ってほしいなと思っています。
--NECレッドロケッツ川崎はどんなチームか。
これまでほかのチームはスーパーエース、海外からのスーパーエースに頼るチームとかもあったと思うですけど、私が NECに入ってからはそういう選手ではなく、海外の選手も含めて、チームで戦うっていうのずっと体現してきたチームだと思います。だから私自身も、チームとして戦うっていうのはこういうものだというのを、NEC で教えてもらいましたし、それを日本代表にも還元したいなという気持ちでプレイしていたので、そういう考え方にしていただいたのは本当に感謝していますし、本当に魅力的なチームだと今も思っています。

--転換期、成長につながった時期は。
自分自身が成長したポイントは本当にたくさんあったんですけど、やっぱり東京からパリまでやるって決めた3年間は、すごい私自身は成長したんじゃないかなって思っていて、やっぱり3年後こうなるためにはこういうことをこの年にやっておかなければいけない、ここまでできるようになっておかないといけないとか、そういうのを自分でちゃんと、頭の中でもそうですし、計算してそれを所属チームのスタッフとかにも相談して、本当に計画的に、自分が強くなるために必要なことをずっとやってきて、それが本当に自分でも、自分の感覚でも実感できるくらい成長できている感覚があったので、そこはなんか本当に、一番楽しく過ごせていた時期、大変な時期でもありましたけど、自分の成長を楽しめていた時期だったかなと思います。
--古賀紗理那とはどんな選手だったか。
私の性格的に本当に、他の選手が大変になる性格、なんていうんだろう、すごい、なんていうんですかね、ちよっと待って下さい。ちゃんとこう私自身がやっぱり自分自身のことをちゃんとしないと、こだわりすぎて、本当に周りも大変だったんじゃないかなとすごい感じています。
でもやっぱり、特に所属チームの人たち、選手たちには本当に助けてもらっていて、なんかコートの中で問題が起きたりしたら、すぐ「これ、こうじゃないの」とかちゃんと言っているのをちゃんとみんなが受け止めてくれたから、私は自分に集中してプレーできていたと思いますし、そういう人たちとの出会いのおかげで、私はこれだけ楽しく、自分にフォーカスしてプレイができていたので、それはとても感謝しています。
で、日本代表で一番苦労したのが、私と一緒の熱でプレーしてくれるように、私と一緒の熱でというか、高い熱でプレーしてくれるで、日本代表で一番苦労したのが、私と一緒の熱でプレーしてくれるように、私と一緒の熱でというか、高い熱量でプレイしてくれるように、こう、いろいろなところでするのが一番大変でした。でもやっぱり私自身は勝つためにこだわってずっとプレーしてきたので、なんか、そこが大変でしたけど、でも、私は自分が思ったことははっきり伝えようと思ってずっと過ごしてきたので、その点は後悔なく最後までやりきることができました。
--バレーボールをやりたい子供たちへメッセージを。
人のことは気にせずに、もう自分がうまくなりたいという気持ちだけで絶対にうまくなると思うので、中途半端なことはせずに全力で頑張ってほしいなと思います。
--夫の男子バレー・西田有志選手の存在は。
私は本当に思ったことをすぐに言っちゃう性格なので、全部夫にむかつくことも楽しかったことも全部言っていたので、本当に大変だったろうなと思っていますけど、苦しい時に絶対に私の味方でずっといてくれたので、そこは感謝しています。これからはお世話頑張りたいなと思います。

--今後特に頑張ってもらいたい選手は。
特にこの選手っていうのは全然なくて、本当にみんなそれぞれにいいところもたくさんあるので、本当に大変だと思うんですけど、頑張ってほしいなと思いますし、私は全力で応援したいなと思っています。
--家族への思いは。
小学2年生から初めて、私たちよりも家族のほうが、特に両親のほうが送り迎えだったり、本当に大変だったと思うんですけど、私が大人になるまで続けさせてくれて、そこも本当に感謝していますし、いつでも私の味方でいてくれて、それが大人になっても自分が頑張る原動力だったので、で最後パリの試合まで直接観に来てくれてとても感謝しています。
--ケニア戦後にチームメイトに伝えたことは
直後は本当に自分もずっと写真撮影後は泣いていたのであまり伝えることはできなかったんですけど、最後にみんなで集まった時に、私がみんなの前で言ったことはないんですけど、それぞれ選手スタッフ含めて、感謝しながら最後解散することができて、そこは本当に良かったなと思っています。
--今後のバレー界の発展については。
他の国も強い国ばかりで、なかなか勝つのも難しいと思うんですけど、それでも日本の良さを常に出し続ければ本当に日本のチームは強いと思うので、それぞれの良さを活かしあいながら、タフな試合ばかりになると思いますけど、頑張って戦ってほしいなと思っています。
--28歳での引退は早いという声も。アスリートとしての引き際はどう考えたか。
年はあまり考えていなくて、自分の中でここまで絶対にやりきると決めたのが28歳だったので、引き際とかそういうのは何も考えていなくて、ここまで絶対に私は全力でやりきるっていうのを決めて、競技生活を送っていたので、質問の答えにはならないと思うんですけど、私はそこまでって決めて全力で出し切ったので、後悔なく終えることができたかなと思います。
--高校、NEC、日本代表で記憶に残っている試合は。
さっきも言ったんですけど、昔のことはすぐ忘れてしまうので高校時代はあんまり覚えていなくて、なので日本代表はさっき言った2024年のネーションズリーグの準決勝と、チームでは去年のファイナルです。
--まだ最後になるか未確定だった、ケニア戦後の涙の意味は。
パリオリンピックの最終予選の1試合前にしていた試合で、フルセットに行かなければほぼほぼ決勝ラウンドに行くのは難しいっていうのはもうわかっていて、その試合に入る前に1個前の試合が3対1で終わっていたので、ほぼほぼ最後になるなっていうのは気持ち的にわかっていたことで。
で、その試合に入る前に選手とスタッフで最後の円陣をするんですけど、その時にチームマージャーの方が最後声出しをしてくれて、その時に今日、最後かもしれないし最後じゃないかもしれないけど、それぞれが持てる力を全部出そうという話と、あと、紗理奈のためにも頑張ろうっていうのはチームスタッフの方が言ってくれて、まずそこで泣きそうになっていて、で、最後にしっかり3ー0で勝ったあとに、最高なチームだったなって思いつつ、これが最高のチームでやる最後の試合になるかもしれないなっていうので、はい、ちょっと悲しい気持ちで写真撮影をしていました。
--今後、こんなことをしたいという具体的な気持ちは。
秘密ですね(笑)
■NECレッドロケッツ川崎の金子監督から花束贈呈
(NECレッドロケッツ川崎 金子監督)
本当にバレー界のために全力を尽くしてもらって、すべてを賭けて戦ったと思うんで、これからは第2の人生、存分に楽しんでほしいなと思います。本当にありがとうございました。
(古賀紗理那さん)
金子さんは本当に私を最後まで信頼してくれて、調子が悪い時でも絶対外さずに、金子さんもかなり我慢されたと思うんですけど、そのおかげて私は本当に成長できたと思っています。今年のリーグも全力で応援します。
優勝目指して頑張ってほしいです。ありがとうございました。
■2022年にご結婚された西田有志選手も登場
(西田有志選手)
皆さんお足元の悪い中、来ていただき本当にありがとうございます。
僕の奥さんになっていただいたんですけど、なんていうんですかね、ちょっと難しいんですけど、とりあえず長い現役おつかれさまでした。これからいろいろと、自分も現役続いてきますけど、引き続き自分たちでいい家族を築きあげていけたらと思います。お疲れさまでした。
(古賀紗理那さん)
本日は本当にお忙しい中、こんなにたくさんの方に集まっていただき、感謝しています。これからは選手としてではなくなりますけど、これまでたくさんの方に取材していただいて、私自身もいろんなところで成長できました。ファンの皆さんにも、本当に苦しい時も、調子がいい時もずっと背中を押して、一緒に戦ってくださって感謝しています。
本当に今日はたくさんの方の集まっていただいて感謝しています。これまで本当にたくさんの方の応援のおかげで私はここまで続けることができました。本当にありがとうございました。