武蔵小杉ブログ(武蔵小杉ライフ 公式ブログ)

川崎市中原区の再開発で変貌する街・武蔵小杉のタウン情報サイト『武蔵小杉ライフ』の公式ブログ。街の最新情報やさまざまな話題をご紹介します。

2010年
05月23日

川崎歴史ガイド・中原街道ルート(番外編):「中原区役所の八百八橋」

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2009/11/29エントリ「川崎歴史ガイド・中原街道ルート(4)」において
中原街道の「八百八橋」をご紹介しました。
「八百八橋」とは、1772年から1781年にかけて、上丸子で肥料店を
営んでいた野村文左衛門が私財を投じて各地に架けた
もので、現在
でもその石橋の一部が残されています。

2009/12/21エントリでは、JR武蔵小杉駅北口に移設展示されている
石橋をご紹介しましたが、同様に中原区役所の敷地内にも展示され
ているのを見かけました。

■中原区役所の南側
中原区役所の南側

石橋が展示されているのは、中原区役所の正面玄関に向かって
右側、建物の角を曲がってすぐ(建物の南側)のところです。

■八百八橋の展示スペース
八百八橋の展示スペース

多分、ここを通ったことは以前にもあると思うのですが、一見して何か
の遺構が展示されているとは見えないものですから、気付いていま
せんでした。

■八百八橋
八百八橋

植栽部分に横たわった大きな石材が八百八橋の一部で、すぐ側に
「八百八橋」と書かれた小さな石碑が立っています。
JR武蔵小杉駅北口や、中原街道沿いの石橋醤油店に移設されてい
るものとほぼ同じ形
ですね。

■八百八橋の由来
八百八橋の由来

すぐ隣に、八百八橋の由来を説明する石碑がありまして、これによる
と、ここで展示されている石橋の側面には、「安永二年」と書かれて
いるそうです。
安永二年というと1774年ですから、野村文左衛門による比較的初期
の八百八橋
ということになります。

この石碑は1981年に武蔵中原観光協会によって設置されたもので、
おそらくその際にどこからか石橋が移設されたものと思います。

■川崎市ウェブサイト 川崎市の文化情報
http://www.city.kawasaki.jp/25/25bunka/home/top/shigen/
kinenhi/kinenhi_nakaharaku.html


上記ウェブサイトは川崎市の文化財等の情報を掲載したものです
が、ここではJR武蔵小杉駅北口の八百八橋のみが掲載され、中原
街道や中原区役所の展示については触れられていません。
本サイトでご紹介した3箇所以外にもあるのかどうか、正確なところは
わかりません。ウェブベースでは情報が見当たらないようですが・・・。

■中原区ウェブサイト 平成22年度中原区協働推進事業計画一覧
http://www.city.kawasaki.jp/65/65soumu/home/soumu75/
soumu75_09.htm


中原区のウェブサイトを参照すると、本年度の区民との協働推進
事業
の中に、「なかはら八百八橋プロジェクト」として、下記のような
事業が計画されています。

「区役所敷地内に設置されている、区の重要な歴史資源である八百
八橋の有効活用を図り、新旧住民に区の郷土意識醸成を目的とし、
八白八橋周辺の整備を行う。」

協働推進事業については、これを含む数多くの事業に予算が付いて
いますので、本年度に何らかの整備を行うようです。

確かに、この八百八橋の展示、「物好き」な私があちこち動き回って
やっと気付いたものですので、ほとんどの区民の方はご存じないの
ではないでしょうか。
地域の歴史を伝える折角の遺産であれば、有効活用を図るという
のは良いことと思います。

【関連リンク】
(川崎歴史ガイド・中原街道ルート連載)
2009/9/23エントリ (1):「丸子の渡し」
2009/10/6エントリ (2):「旧原家母屋跡地」
2009/11/9エントリ (3):「旧名主家と長屋門」
2009/11/29エントリ (4):「明治の醤油作りと八百八橋」
2009/12/21エントリ (番外編):「武蔵小杉駅の八百八橋」
2010/2/9エントリ (番外編):丸子の渡しガイドパネル入札不調
2010/2/14エントリ (5):「小杉御殿と『カギ』の道」
2010/3/30エントリ (6):「小杉御殿の御主殿跡」

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